中間領域
急に暖かくなりましたね。
うっかりこの前までの服装をしてしまうと、もう汗だくです。
慌ただしく過ぎてゆく日々の中で気がつくと、いつの間にか冬が終わっていたという感じです。
また一つ季節を知らぬ間にやり過ごしてしまったと、隣家の梅の木が風に吹かれて花びらを散らすのを見ながら思っておりました。
窓際では、日々部屋の中をコロコロ転がっているうちのチビ君が不思議そうにそんな風景を眺めていたりします。
そんな様子を見ていると、この人達はこの景色に一体何を思っているのだろうと考えてしまいますね。
感覚的には信じ難いことですが、僕もこんな赤ん坊だったんでしょうかねぇ。
何だか夢の中にいるというか夢の中から現実をのぞいているような、もしくは現実の風景に夢を見ているような、そんな表情をしています。
発達心理学では、成長するにつれてそんな夢のような感覚から現実的な感覚に意識が移行してゆく過程があるといいます。
そしてそのまん中には「中間領域」と呼ばれるエリアがあるのだそうですが、実はこの所、僕の頭の中にはこの言葉が踊り狂っておりました。
最近知った言葉なのですが、その意味や概念がアール座と3階の「エセルの中庭」が目指す営業コンセプトの核心をつくような非常に深いつながりを持っていたからなんです。
特にエセルに関しては、そのコンセプトがこの一言に集約されると言っても過言ではない重要なキーワードにもなっており、実は店舗名にある「中庭」と言う言葉も、この「中間領域」を柔らかく言い換えたものなんです。
なので今回はこの「中間領域」のお話をさせて下さい。
皆さんはこの言葉を耳にされたことありますでしょうか。
二つの分野やエリアの隙間にまたがるように存在するスペースに関しての呼称で、様々なジャンルにおいてそれぞれの専門的な意味付けで使用されている言葉です。
時々耳にするのは建築に関しての用語で、中庭やオープンカフェのテラス席ような屋外と室内の要素を合わせ持った空間とも言えるスペースに対する専門的な呼び方です。
建築の分野ではこうした空間が人にくつろぎをもたらす要素として最近特に重要視されているようで、こちらの意味でも、エセルで今作ろうとしている新しい空間に完全にハマる話です。
エセルの空間作りでは、前回お話ししたような屋外が室内に取り込まれたようなイメージを見据えていますが、僕もこれが何か人に根源的な安らぎを与えるものを有しているのではないかと感じています。
なのでこの部屋はこれからゆっくりお庭になってゆきます。
この空間は一体何処なのか、なぜそんな風になってしまったのかという詳しいいきさつは、また改めてお話ししますね。
そしてもう一つは冒頭でお話しした心理学用語としての中間領域です。
発達心理学の分野でドナルド・ウッズ・ウィニコットという心理学者が提唱した概念で、赤ん坊が成長してゆく過程で通過する領域のことで「移行領域」とか「潜在空間」とも呼ばれるものです。
最初赤ん坊には、自分とそれ以外の世界を区別する認識がなく、お母さんもお月さまも自分の一部であるような、世界を自分との一体感で感じる感覚でいるらしいのです。
まるで神のようなこの世界との一体感の中では、自分の意識と世界が一つにつながっているので、思い描いたものは全て存在しており、逆に言えば存在の全てが幻想や空想のように内的主観的なものだけで出来ている世界です。
「自分の思いが全て」という万能感を持った世界ですね。
それがあらゆる体験を経てゆく中で、やがて自分の思い通りにはならない「外的現実」という自分ではないモノが存在していることに気付き始め、幾つもの幻滅を繰り返すことで、主観的な幻想の世界と、他者と共有する客観的な外の世界を区別して認識し始めるのだそうです。
ウィニコットは、赤ん坊の意識の発達を考える上で、この内的な幻想から徐々に外的現実を認識しつつ現実の方に意識が移行してゆく成長過程に注目し、さらにそこにはその両方の世界にまたがる「中間領域」と呼ばれる空想と現実が混ざったようなスペースが存在するとして、これを重要視しました。
有名な「ライナスの毛布」は博士によると、こうした現実への移行のための足がかりとなるものだということです。
中間領域の感覚的な説明は難しいのですが、例えば子供が布団を怪獣に見立て自分がヒーローになって戦っている時、夢中になればなる程、彼はそれを本気で怪獣と思い込んで遊びますが、同時に実際にはそれが布団であることも知っていて、遊びが終わればそそくさとそれをたたんだりします。
これは頭の中だけで広がる全くの空想ではなく、現実のモノに内的な創造力を強く反映させた、空想と現実が混ざったような遊びで、中間領域でなされるものです。
で、これだけなら大人の我々にはあまり関係のない話なのですが、どっこいウィニコットはこの意識領域が、大人に成長して消えてしまうのではなく、むしろ成人の精神の中核に重要な部分となって残り、芸術や宗教など全ての創造的活動もここから起こるというのです。
そして、そもそもこの赤ん坊の現実受容の発達行為自体、大人になっても完結するものではなくずっと継続されるものとも言っています。
こういう概念こそ知りませんでしたが、僕がアール座を営んでいく内に感じるようになったのは、こうした空想や遊びのような主観的内的な意識を持つことの現代生活における重要性です。
客観視が正しいものの見方と思っている我々大人にとっては、現実が強固な形を持って迫り来る、全く思い通りにならないうちひしがれるだけのものになってしまい、こちらから積極的に働きかける対象でありにくくなってしまっていますよね。
現実とかシリアスとかいう言葉には、最初から自分の思いを妨げる壁か障害のようなニュアンスがついてしまっています。
しかし、ウィニコットはこの空想と現実という二つの要素両方を十分に持たない限り、真の意味での遊び、創造、夢見ること、生きることは為し得ないと考え、中間領域を人間が主体的に生きる場所として「可能性空間」とも呼びました。
我々が本当の意味で生きる上では、赤ん坊の頃に持っていた「万能感」を完全には手放さないことが必要であるという考え方です。
シロウトの僕にはこんな深い考察は出来ませんが、アール座を経営していて似たようなことを感じていました。
子供じみた幻想や遊びから遠ざかった大人がこういう社会を生きる上では、もっと自分勝手に事実をとらえたり都合良く現実の状況を解釈してゆく事がとても大事な気がします。
大人である我々は現実が自分の意志とは別のものと認識してはいますが、それを自分の願望や空想とごちゃ混ぜにして、もっと主観的創造的に生きて良いはずだし、実際には割とそうすることで現実と自己とのバランスを取っているのではないかと思います。
もちろん打ちひしがれているまっただ中の人がなかなかこんな風に考えられるものではありませんが、抜け出して振り返った時には「現実はシビアなもの」という考えだって人間の思い込みだということが見えると思います。
アール座のらくがき帳には、厳しい状況に立たされて力を失い悩める人の書き込みも多いですが、それでも最終的には、そんな現実の状況がいつか自分にとって良い方に向かうのでは、向かえばいいと、残された最後の力で考えようとする意思をちらりと見せて終わることも多いです。
そんな人はきっと、このちらりと光る根拠もない小さな思い込みをゆっくりと少しづつ育てて、やがては大きなものを克服してくれるのだろうと勝手に思ったりしますが、中間領域はこの光が生まれ育つ場でもあります。
これまでアール座が、心を休める癒しの場として重要視して来た「現実逃避」や「内省」が、それと同時に、こうした積極的能動的に生活を構築してゆく側面も持っているのではないかと近頃では感じるようになっていたのですが、ウィニコットの「中間領域」を知った時には、漠然としていたこんな自分の思いにハッキリと輪郭を与えられた思いでした。
どちらかと言うと、心を泳がせつつぼーっと過ごしてくつろいで頂こうというアール座に対し、エセルでは積極的にファンタジーを楽しんで、心の中間領域を満足させてもらえる場所になればと思っています。
そんな新店のコンセプトに関して重要な二つ(建築と心理学)の意味合いが偶然同じ言葉に重なってしまったので、いっそ「カフェ 中間領域」にしてしまおうかとまで最初は思ったりしましたが、馴染むのにかなりの時間がかかりそうなので、やはりもう少し柔らかく「中庭」としました。
なんか小難しいことばかり語ってしまいましたが、つまんなかったですかね?
小難しい関連書籍(主に幼児期の発達についての内容)は、アール座のオススメ本コーナーに置いときます。
そう言えば最近このブログはずっとエセル(3階の店)の話題ばかりでしたね。
何しろ僕自身そちらにかかり切りだったもので、話の内容もそればかりになってしまっております。
すみませんが、もう少しお付き合い下さい。
で、そんなたいそうなコンセプトとは裏腹に、現実はまだまともなカフェにすらなっていない「エセルの中庭」ですが、営業の方は夜だけ(6時〜9時前後)ですが、どうにか連日営業(アール座と同じ定休)を開始しております。
そして先日、電話機という文明の利器も入りました。
形が整うまでの間の営業予定やメニュー等のご質問は 03(6383)1974 までどうぞ。
が、まだメニューが少ない… ので、只今フードメニューを開発中です。
発売予定の品、先ずはハンバーガータイプのお料理です。
以前僕は移動販売のハンバーガーワゴンをやっていたことがあるのですが、この時はバンズもパティもピクルスも自家製で結構色々研究しておりました。
なのでメニュー自体はイイ線まで行ったつもりだったのですが、いかんせん一人づつ焼いて出すハンバーガーという料理そのものがスピードを要求されるランチタイムの屋台営業には向かず、泣く泣く中断して丼もののお店に切り替えました。
今回の料理はその頃のノウハウが生かされている一品です。
小さなバーガーを組み合わせたワンプレートなのですが、一つだけご紹介しますと、イタリアン・バジルと名付けたバーガーがあります。
トマトやパプリカってオリーブオイルに塩コショウでソテーしただけで美味しいですよね。
そんな具材をハーブで香り付けして、肉と一緒に挟み込みました。
もう間もなくメニュー化ですので乞うご期待です。
メニューも内装も未完成ではありますが、もちろんお話も出来ますので、お二人でおこしのお客様などには特におすすめですよ!