雨の楽しみ方

2015.07.06 Monday 02:21
こんにちは。
 
梅雨真っ盛りですね。
今年もしっかりと店内のシルクジャスミンの花が咲いて散りました…ブログでお伝えする間もなく…。
 
さて、今回割と間を開けない更新だったと思うのですが、それには訳がありまして、実は以前から私、雨の日を楽しむおすすめをずっとしたかったんです。
 
で、この話をするなら梅雨時を逃す手はないとの焦りから少し更新を急ぎましたが、まだ梅雨明けないですよね。
 
という訳で、今回のおすすめはソレです。「雨の日」。
 
一部の常連様が好まれる雰囲気の濃い「雨の日のアール座」にお誘いする意味でも、「雨」というものの楽しみ方を、雨フェチの私がマニアックにご紹介します。

ええ、ホントはただ個人的に話したいだけです。
 
 
「良いお天気」という日本語がありますよね。
もちろんカラリと晴れた空模様のことです。
 
さらにはそれを略したものか、晴れの日のことをただ「お天気」とまで言ったりもしますね。
「今日はお天気なので、おでかけしましょう」と言ったりね。
「明日天気になぁれ」とかね…
 


 
なら雨は天気じゃないとでも言うのか!
 
すみません、ついつい感情が高ぶってしまいました。
「いいお天気」って、僕も良く使う言葉です。
 
でも、天からの恵みである雨様に対して、その日常的な扱いがあまりにもひどいなぁとつくづく思います。
 
世の中が便利になればなる程、人はますます不便が嫌いになってゆくんですね。
 
大体あいにくの空模様ってなんだ。
雨降んなかったら、皆どうなることか。
ちょっと昔なんて必死に雨乞いしてたくせに…身勝手な人間共め…。
 
すみません、高ぶってしまいました。
 
まぁそんな言葉ずっと使ってた僕も少し意識が変わってきて、近頃では天気に関してネガティブな感情や言葉を使うのはやめようかと心がけています。
 
なので、そうした今までの罪をすべて棚に上げて申し上げます。
 
雨って本当に良い天気です。 
 
最近では台風とかゲリラ豪雨とか、おっかないのが沢山ありますが、僕が言っているのはのは、しとしとと風情ある五月雨や時雨のような雨のことなんです。
 
雨好きが傘差して出かけたくなるやつですね。
 
僕なんかは、その途中に出来の良い水溜まり(最近レア)なんか見かけると、ふと、子供の姿に戻って人目もはばからずあの水面を長靴でびちゃびちゃしたい!という激しい衝動にかられたりしますが、精神年齢に問題があるのでしょうかね。
 
 
さて、雨の楽しみ方をご説明するために、ヤボを承知で五感で分けて考えてみましょう。
 
すると一番に来るのは、やはり雨の音ですよね。
今日は全てが僕の思い込み基準で話が進みますよ。
 
「雨音を表現する語の数が日本語ほど多い言語はない」と言われますが、実は我々は音で雨を感じることがとても多い気がします。
 
雨音と言っても色々で、降りの強さや粒の大きさと何を鳴らすかにもよって音色も音量も大きく変わります。
 
また、人口の音楽には有り得ない不規則なリズムも忘れてはいけない雨の魅力の一つです。
 
これらを楽しむコツはただ一つ。
手も頭も休めて耳を澄ますことです。
そこに神経を傾けることで雨のワールドが開きます。
ようこそ雨ワールドへ(何だこれ)。
 
雨音を楽しむ一番の道具は言わずもがなのパートナー、傘ですね。
 
モノによって音も違いますが、何となく高級な傘ってポンポンと音も良いイメージです。
でもビニ傘の ポツッ ポツッ っていうのもなかなか愛らしくて好きです。
 
傘による音の違いを気にしてみると、ついつい雨の音楽に聞き惚れてしまいますよ。
 
街中を歩くと聞こえてくる民家のトタン屋根やバラックのブリキ板なんかに当たる音にも、思わず立ち止まって聞いてしまうほど上質のものがあります。
 
強い雨の日にはそれらが交じり合ったザーッという音を雨どいの流れる水音と共に家の中から聞くのもまた良いものです。
 
屋内にいるなら突然の夕立なんてのも嬉しいですね。
 
僕は可能な限り窓を開けて楽しみます。
屋根を叩く激しい雨音って、なぜか心安らぐんですよね。
 
今日はいつも以上にマニアックな内容になりそうな予感がしますが、皆さんついてきてね〜。
 
余談になりますが、今から30年近く前、まだ環境音楽というようなジャンルも発想もなかった時代に、年の離れた姉のボーイフレンドが「enviroments」というタイトルのレコード(LP盤!)を持ってきて、「これ、ただ雨と雷の音が入ってるだけのレコードだよ」と聞かせてくれた時には「は?」とびっくりしましたが、聞いてみてその心地よさにさらに驚きました。
 
ひたすら聴き入ってしまい、その後も借りたままちょくちょく部屋に篭もってそのレコードをかけていました。
 
内容は本当に森の木の葉に当たる雨音と切れ切れに遠くで鳴る雷鳴がただひたすら流れているだけのものでしたが、(ちょっと説明出来ないのですが)、そこにはものすごく濃い森の空気感が見事に再生されていて、東京育ちの僕を森好きにするのに十分な力を備えていました。
 
この経験が今こんな店を作る僕の心象イメージに多大な影響を与えたことは先ず間違いありません。
 
ライナーノーツの内容はあまり覚えていませんが、髭を生やした外国人の男(サウンドエンジニア?)が真剣な表情でヘッドフォンに聞き入っている写真が載っていたのを覚えています。
 
今でこそヒーリングとか環境音楽とかアルファ波とか銘打って、そういう趣旨のCDがあちらこちらから発売されてはいます(このレコードを超える情感の音源を知りません)が、当時は環境音に対して、それを録音して販売するとか購入してオーディオで聞くなんていう認識は全く育っていなかった時代でしたから、ただで聞ける音をわざわざお金を出して買うことで、改めて意識の全てをそこに向けて味わうことが出来る、という発想はとても斬新なものだったと思います。
 
そしてこれはアール座読書館の、わざわざ赴きお金で静寂を買って頂くというスタイルにも通じる所があるのかなと思えてきて、今でもその写真の男の横顔を思い浮かべると、何だか敬意とともに親しみのようなものまで感じてしまいます。
 
 
さて次は触感ですが、これは僕の場合、直接皮膚で感じる雨足よりも傘を差す手から伝わる雨粒の振動の方ですね。
 
だから雨音とセットです。
 
かの森の主大トトロが、生まれて初めて手にした傘がもたらした身震いするようなこの快感にやられてしまうシーンは有名ですが、僕は傘って本当はこれを楽しむために作られたものなんじゃないかとすら思っています。
 
そしてこの意味で秀逸な傘というのは、今度は高級品ではなく、何といっても軽い折りたたみ傘!コレに勝るものはありません。
 
あの華奢な造りの素材と短めの振動材(持ち手)が、目には見えない雨粒一つ一つのインパクトから破裂までの感触を非常に鮮明に伝えてくれるんですね。
 
もしかしたら折りたたみ傘って元々携帯用とかこつけて、本当はこれを楽しむために作られ…え?もういい?
 
でも何かいいですね、マニアックな内容になってきました。
 
こんな話ってあまり伝わる人いないのでそうそう出来るものではないのですが、このブログ読んで下さる方なら何か分かってもらえそう、とか勝手に思って止まらなくなってます。
 
傘を捨てて「ショーシャンクの空に」のパッケージみたいに直に雨に打たれて感触を楽しむのもいつかやってみたいですが、これはかなりの上級者ですね。
 
余程の出来事の後でないと、なかなかやれるものではありません。
 
後、肌で感じる雨と言えばあの特有の「湿気」も、触覚のうちでしょう。
 
もちろん湿気は色々不都合な弊害ももたらしますが、あの感触そのものはとても気持ちのいいものだと思います。
 
僕が家にいるとき激しい雨が降ってきたらまず窓を全開にするのは、それを楽しむためでもあります。
不都合な弊害はありますが、とーっても気持ちいいです。
 
ちなみに僕の見解ですが、これをやるのに世界一気持ちの良い場所というのは、おそらく古い日本家屋の開け放たれた縁側です。
 
今時田舎に行ってもあまり見かけませんが、これを都内で楽しめる場所に小金井の「江戸東京たてもの園」や世田谷、登戸にある「日本民家園」などに普段から公開された古いタイプの日本家屋が移築されてあります。
 
一度、この手の家屋(岡本民家園だったかな?)の中に夕立で降り込められたことがあるのですが、突然だったこともあり、何か別世界にいるような素晴らしい時間を過ごせました。
 
特に強い雨って外界をシャットアウトする力があるので、今の自分を見つめたり、自分が置かれた世界を改めて見直したりという、アール座的な効果も高いんです。
 
そういう公園に雨降りの日を狙って行けば、きっと他のお客さんも居ないでしょうから、以前お話したように、一部屋に留まってタイムスリップ気分で日がな一日をぼーっと過ごすのも素敵だと思います(洋館のすすめ参照)。
 
 
さて、次の感覚に行きましょう。
匂いです。
 
分かる人には分かる話かと思いますが、確かに覚えがありますよね、これ。
実際「雨の日の匂い」って、意外とよく聞く言葉です。
 
科学的にはアスファルトに含まれる何ちゃらという成分(検索するといっぱい出てきます)だとか、土の成分が放出される時に放つものだとか、埃の匂いだとか色々な見解があるみたいですが、都会育ちの僕に馴染み深いのは多分最初のやつだと思います。
 
でもそう言えば土の上の雨の匂いというのも確かにありますね。
 
いずれも懐かしい気持ちになるのが不思議です。
雨なんていつでも降ってるのにね。
 
多分子供の頃って、こういう感覚を日常的に感じ続けていた気がします。

 
大人になるとそれを閉ざしてしまうので、久しぶりに何かの拍子にそんなものに気がつくと、毎日それに包まれて過ごしていた子供時代を思い出して懐かしくなるのかな、とか思います。

だからきっと雨の匂いが嫌いな人ってあまりいないんじゃないでしょうか。
興味ない人はいても。
 
言い換えると、こういう繊細なもの感じられる人にはそれを愛でる感性もあるってことなんでしょうね。
 
アール座のお客さんはその辺のアベレージが高いことを僕は知っているので、今回はこんな話もしちゃってますが、分からない人が見たらかなり意味不明な内容ですよね。
 
だってこれカフェブログですよ。
かまうもんか。次だ次。
 
視覚です。
 
雨って普通絵に描くと斜めの傍線で表現されますが、本当は少し潰れた丸い球のはずですよね。
 
子供の頃よくやっていたのは、雨の日に動体視力全開(?)で雨の落ちる速度に合わせて首を激しく縦に振りながら目を皿のようにして眼前の雨粒を観察しつつ、この球体が見える瞬間を楽しむという遊びです。
 
そう言えば後年(結構大人になってから)のある日、部屋のバルコニー(1階)に出て、手すりに両手をかけて通りを降る雨を「昔よくやったなぁ」と、この方法で夢中になって観察していた所、ふと通りかかった女性が僕の方を怯えたような目でチラ見した後、すぐに目線を外し足早に去って行ったことがありましたが、一体どうしたんでしょうね。
何か僕のこと意識してたのかな?エヘエヘ。
 
降っている雨粒を観察するのが難しいなら、地面に落ちた所をゆっくり鑑賞するというのもアリですね。
 
強い雨の日のこれって、結構見てて飽きないですよ。
 
背景が白く霞むような激しい夕立のことを「白雨」と呼ぶのだそうですが、地面スレスレのローアングルで水しぶきの背景に白く霞んだ古い街並みがある絵面を想像させる素敵な言葉ですよね。
 
飛沫も素敵ですが、強い雨の日に僕が決まって探すのは濡れたアスファルトの上を転がる白い水の玉です。
 
何のことかと言いますと、ある雨の日にふと足元を眺めていて、本当にそういうものを見つけたんですね。
 
初めはびっくりしたのですが、雨粒が地面に当たって跳ね返り、さらにはその後アスファルト面をコロコロと方々に転がってゆくんです。
 
え?!と思ってよおおく見てみても、やっぱりそうなんです。
 
かなり小さなサイズの現象なので目の錯覚か水の気泡を見間違えてるのかと思いましたが、やはりどう見ても小さな水の球が路面や水面をボールのように弾んで転がっているんですね。
 
ファンタジーの話じゃないですよ。
 
分かります?!落下した雨滴が、クラウンのようにより小さな粒に弾けてしまうというのではなく、水滴がその大きさのまま ^^^。 みたいな感じで、濡れた路面をポンポンとバウンドしたり、少し転がってから消滅したり、水溜まりの水面を粒のまま滑ったり、水中に玉のまま潜っていったり…いやいやウソじゃないですってば!
 
一時、水滴がまるで個体のように振舞うこの光景は何とも不思議なものですが、調べてみるとこれは「液滴現象」といって水の表面張力が原因で起こる現象なんだそうです(そうなる条件とかあったかも)。
 
濡れた路面でもキッチンのシンクでも我々の身の周りに普通に起こっている出来事なんですって(そう言えば、コーヒードリップ時のポットの中でも見た気する)。
 
びっくりでしょ?
 
雨の日の足元で、誰にも気づかれずにこんなミラクルが起きているなんて何だか楽しいですよね。。。。
 
これホントに一見の価値ありですよ。
 
特に雨足の強い日には無数の水玉が白いビーズを散らしたように転がりまわっていてとても美しいです。
 
ちょっとしゃがみ込んでのぞき込む位にしないと分からない細やかな風景なのですが、是非そうしてみてください。
 
通りすがりの人に変な目で見られても構いません。
きっとあなたに気があるんです。
 
 
地面ではなくてやはり降っている最中の雨をゆっくり見たいなら、ちょっと話がズレますが、絵画鑑賞という手段もあります。
 
日本人の絵描きに雨を描かせたら右に出る者(民族)はいないそうですが、特に浮世絵の広重なんかは雨の表現が天才的に巧いと言われます。
 
そういう人たちに切り取ってもらった雨を見る、というのも悪くない、というか日本に生まれてこれを見ない手もないので、おすすめ本コーナーにアール座秘蔵の永谷園のカード集「東海道五十三次/安藤広重」(詳細→)も置いておきます(ちなみに雨のシーンは数枚 汗)。
 
 
そして、最後に来るのが味覚ですね。
 
実は雨の味って、その降り方によって…ってウソですウソです。
 
これはさすがにやりません。
上級者超えて変態の域ですよね。
憧れはありますが、僕はまだここまではいけません。
 
なので、4感までの話ですが、でもどうです?
なかなかに魅力いっぱいでしょ。
 
雨になると気が滅入るなんて、きっと意識のせいだと思いません?。
 
別に雨で服濡れたからって何を失うワケでもないし。
 
ウチではよく、ちょっと目を離したスキに子供が床に大量の牛乳をこぼして、その上を靴下はいたままびちゃびちゃ踏みつけハネ散らかして楽しんだりします。
 
これをされると我々大人は完全に意気消沈しますが、この時の子供の嬉しそうな顔といったらありません。
 
大人は後始末や先のことまで考えなければならないから「濡れてはいけない」という固定観念を抱きつつ気も滅入ってしまいますが、もしもその観念がなく後先も考えないとしたら、水に濡れるって本来は人間にとって嬉しいことなんじゃないかと思えてくる表情なんですね。
 
実はこれを書く前に、世の人は雨の楽しみ方とかって考えるのかな、と「雨 遊び 楽しみ」なんかのワードで検索をかけてみましたが、ヒットしたほとんどが、屋内施設のプレイスポットや、何らかの方法で雨をしのいだり、屋根の下で雨を避けつつ一日をやり過ごすというような情報ばかりで、雨自体を楽しむものではありませんでした。
 
「アホか、帰り道に傘壊れてズブ濡れになればいい」などと悪態をつきつつ、今度はおすすめ本コーナーに置くための雨に関する書籍があまり無かったので、少し仕入れようと探した所、こちらは結構あるんですね。
雨の本。
 
日本人だなぁ。
 
「いいじゃん、雨の日」みたいなヒネクレ者が実は沢山いるんでしょうね。
で、ひねくれる人がこっち側にひねくれる国民性なんでしょうね。
 
やはり日本人は昔からこういうジメジメした方向性の感覚が好きなんです。
先の浮世絵や日本画はもちろん、詩歌や俳句をはじめとする文学も、日本の文化は雨が大好きです。
 
聞くところによると、一茶や芭蕉の俳句なんぞは当時、和歌等の貴族の高尚な文化とは違って、庶民的で低俗扱いされていたものらしいので、きっと今のイメージよりもサブカル色が強かったんじゃないでしょうか。
 
だから、そういうアウトローな人達がひねくれて「いいじゃん雨の日」と、唄いまくったのかも知れませんね。
 
で、「自分が読みたい」を基準に「雨、風、寒暑の話」「雨の事典」「雨の名前」という3冊の書籍を選んで購入しました。
 
最初の一冊は一般向けの気象学の解説書のような内容なのですが、この本、昭和49年に発行されたものなんです。
 
「異常気象」という言葉がまだなかった時代の天気って、本当に今のと違ってたのかな?という興味から選んだのですが、既にそのワード、バッチリ載っていて、いつの時代にも「近頃の若者は…」と語られるのと同じ心理だ、と言い切られてました(゚ー゚;A
 
内容も古いものではなく今にも通じる気象の基礎的な解説書となっていますが、より細かく見ると環境問題の認識や危機感が、まだあまり具体的でなかったり今ほど切羽詰っていない様子も伺えて、現況の緊迫感を感じてしまいます。
 
「雨の事典」は科学から芸術、下町の日常から環境問題まで非常に多方面から雨というものを捉えた、大変読み応えのある本で、多種多様な雨の話が細切れなエッセイのように載っています。
多くの書き手の共著なのですが、各々の雨好きが文面からにじみ出ていて良い本です。
 
こちらは15年前の本ですが、さすがに現代の温暖化に伴う弊害を予測していて、日本の植生の亜熱帯化や集中豪雨の頻発、マラリアやデング熱の北上についても言及されています。
 
こういう話になると、もう呑気に風情のことばかり言ってられませんね。
 
実際にこの所は、雨と言うとゲリラ豪雨や自然災害を思い浮かべてしまうきらいもあって、雨を見ながら「温暖化って本当に止められるのかな」とか考えたりもします。
 
小学生の時に、よく朝礼で先生が「一人一人がおしゃべりを止めないと、静かになりませんよー」と怒るのですが、周りがみんな喋ってる内は誰も話をやめず、やがて少しづつ話声が減ってくると自分の声が目立つので慌てて話を止め始め、そこから急な感じで静まってくる、という光景がありましたが、温暖化が止まるならそんな感じかなと想像してしまいます。
 
人間なんて大して成長しませんね(笑)。
 
かく言う私もお店やっておりますので、エアコン使用等なかなか難しい部分がありますが、外に涼しい風がある日はなるべくそちらを利用させてもらう姿勢でおります。
そっちに慣れた方が絶対快適に過ごせますからね。
 
所で、朝礼のそんな状況の一つで、先生が軽くキレて「皆さんのおしゃべりが止むまでお話は始めません」と言ったまま黙ってしまい、おしゃべりは延々止まずに鐘が鳴って朝礼が終わってしまった、というパターンを僕は2、3度経験しましたが、アレってあるあるなんですかね?
 
地球の環境対策があのパターンで終わったら嫌だなぁ。
 
3冊目「雨の名前」は言わずと知れた人気シリーズの雨版ですね。
言葉も写真も洗練されていて、読みやすいし大変に趣き深い、全てのツボを抑えた文句なしの一冊です。って出版社の広報か。
 
そして最後に忘れてならないおすすめは、雨の散歩の目的地です。
 
そう!言わずもがなのアール座読書館で決まりです。。
 
「晴働雨読」って、現代人には憧れの暮らしぶりですが、出来ないことないですよ〜。
雨の日に本読めばいいだけです。
 
そして諺がバカにならないのは、読書家の方ならご存知かと思いますが、雨の日って本当に読書日和なんですよね。
雨の散歩の後には、雨のアール座読書館を是非オススメします。
 
最後の最後でカフェブログになった。 (ー。ー)フゥ



sideA:騒雨と雷鳴 sideB:森の霧雨   レコード特有のノイズがまた効果的。
category:2014.15.16 | by:アール座読書館 | - | - | -

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2017.09.30 Saturday 02:21
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