インナーチャイルドと自己否定

2015.04.06 Monday 23:19
こんにちは。
すっかり春ですね。

僕はもちろん桜の季節も好きですが、それが終わっていよいよ植物がいっせいに勢いよく噴き出してくる時期に入る時期にとてもワクワクしてきます。


意識するしないの違いがあるだけで、きっと人は皆植物の緑が濃くなると、それだけで元気が出てるんじゃないかと思いますね。

そんな中突然ですが、今日はある人の話からさせて下さい。

僕がとてもお世話になった人なんです(春と関係ない!)。

以前ブログで、まだお客さんが少なかった開業当初、この店を見聞きした人達が皆一様に「こはすぐにコケる」という見方をした、という話をしましたが、実はその中にほんの数人、違うことを言ってくれた人もありました。

それを一番はっきり言ってくれたのは僕の父方の叔父である圭造おじさんでした

この人の見方はとても特徴的で、他の人が全員判で押したように「この客席数で客単価がこれくらいだろ」と経営マネジメント的な計算をしたのに対し、叔父さんが初めて店に来てくれた時は(聞きづてですが)店に入るなり何だかニオイでも嗅ぐように店内をゆっくりと見回した後に、眉をしかめて「ここはちょっと面白いことになるかもしれないぞ」と一言、僕の家族に言ったたらしいのです。

まだ今のような内装が半分程しか完成していない頃なので、それを評価したワケでもないでしょう。

おそらくですが、何だか僕がこの空間に込めた気のようなものを読んだように思えてなりません。

他の人達が全員飲食のプロでその人だけは芸術家かなんかだったのかと思いきや、これがそうではなくて、実は計算をしてしまう人達の方こそ、皆多少知識のある素人の人でした(不動産屋さんにまで言われたし 
C=(-。- )。

そしてその叔父がどういう人かというと、日本にまだあまり洋菓子文化が根付いていなかった戦後の時代に単身スイスに赴きパティシエ修行をした後、帰国して東京八王子に洋菓子店を立ち上げ、そこから八王子、日野方面を中心に勢いよくチェーン展開をしつつ,当時としては大変斬新な手法と方向性で様々な形態に事業を拡大してきた老舗洋菓子店グループBASEL(バーゼル)の創設者であり、いわば飲食のエキスパートだった人なんですね。

つまり経営マネジメントなんてものを骨の髄まで知り尽くしている人でした。

そういう人が店を見るときに先ずは直感を使うんだ、ということは今でも強烈印象に残ってい
 
実はこの人が先日亡くなられて(享年80歳)、お葬式に行ってきたんです
 
それに関して、最近色々なことを思い出して色々なことを考えました。

またもや店と関係ない話かというニオイが早くもしておりますが、でもこの叔父さん、僕の運命を変えたと言っても過言ではない人で、この人がいなかったらアール座もなかったかも知れないと思える程の大恩人なんです。

私事がらみの長い話なのですが、今回はちょっとそんなお話をさせてください


昔、僕は人に褒められると反射的に片手を振って「いやいや俺なんて」と慌てて否定してしまうタイプの人間でした(今でも時々やります 汗)

いるでしょそういうやつ

評価が上がると何かハードル上がって落ち着かなくなっちゃうので、そういうのを打ち消して安心出来るタイプ。

普通の人から見たら「何で?」と不快に思われるかもですが、まあそんな人間にもそうならざるを得なかった生い立ちというものがあるものなんです。

さすがにここでそんな長い話はしませんが、とにかくそんな性格の僕が生業のために関わっていただけの飲食業を本気で志し始めたのは今から15年程前のことで、最初は店舗を開業するような資金もなく、軽のワンボックスカーでサンド類の移動販売を始めたんです。

勢い込んで始めたもののしかしまぁ、売れないわけです。全く。

毎日パンを焼き上げて具材を仕込んで出かけては、方々売り歩いても通行人には見向きもされず、大量のそれを持って帰って来るという今思い出しても気が重くなるような虚しい日々でした

これ、何が一番キツいって、体力的な疲労じゃないんです。

自分だけが社会の誰からも必要とされていないような無力感にさいなまれ続けるんですね。
 
特に個人経営の移動販売のような業態で人に相手にされないでいると、何というかたまらない程の屈辱感、焦燥感無能感、無用者意識等々いくつもの心理的な負荷が日々重くなっていって、まともにアイデンティティが保てないんです。
 
お勤めの人達のランチタイムを狙って出店していたので、スーツを着ている沢山の人達の中でいつも自分だけが何の意味も価値も持っていない存在であるような感覚に包まれていました。

例えばある時、やっと馴染んだ販売場所を追い出され、車で次の場所を求めて市街地を一日中探して回った末に、大きな街道に出るつもりで入った小道がやたらと入り組んでいて、進んで行くと最後はヒト気のない袋小路になっていたんです。

いっぱいいっぱいが続いた後のこの状況に何処か象徴的なものを感じて何かがとんでしまったのか(マジであまり覚えてない…(
゚ー゚;A)、急に体が熱くなり汗が滲んで、頭の中が「何でここで行き止まりなんだ もういいや 何かもう全部無理だ おわりおわり…」と言う感じになって、遠くに見える分厚いコンクリートの壁に向かってアクセルをベタ踏みして車ごと突っ込んで行く途中、ハッと我に返って急ブレーキを踏んだことがありました(まぁ大して本気ではなく、ビビって壁よりかなり遠い所で止りましたけどね)。

とにかくそんな風に軽く頭もイカレた感じで、こんな状態をこれから何年も続けていくんだろうか、続けていけばいつか出口がるのだろうか、という不安にのしかかられ日々が続きました。

そこに来て、例の自己否定の強い性格だったので、心の中で自分が世界中から否定されているかのような意識を作ってしまい、その否定から逃れるために更に自分を卑下していく自分はダメな人間だけども、それは自分で分かっているんだというポーズを取るような、なかなかしんどい心理状態にありました。
  
そんな感じのまま2年ほど経って、幾分かは売れるようにもなりましたが、まだ収入というには程遠い金額でした
 
そんな折、僕が飲食業の端くれのようなことをやっているのが圭造叔父さんの耳に入り、「とにかく一度俺の店に来い」と呼び出しがかかりました。

叔父さんに会うのは久しぶりだったのですが、僕は正直あまり気が進みませんでした。

ナカナカ厳しいイメージの人だったので、お説教されるものとばかり思っていたんですね。

実際僕の思い込みを省いても、その頃の僕がやっているお金にならない自己満足のようなこと(満足なんてカケラもありませんでしたが)を仕事として認めてくれている人は周囲にはおらず、皆には只のモラトリアムと見られていたように思います。

だからそんな大きな企業を回している人に、こんなままごとみたいな店をやっていることを話して、何を言われるのかは大体見当がつきます。
 
その日も「バカなことやめてもっとまともな所で働け」というようなことを言われる心積もりで叔父さんの店に入りました。
 
すると予想に反して叔父さんは「おお!来たなぁ!」と僕をにこやかに迎えてくれました。

尋ねられるままに、僕は飲食の商売を思い立ったものの資金がないのでどうにか車を改造して販売資格を取ったもののと、これまでのいきさつを、何だか言い訳でもするように全て説明しました。


すると黙って聞いていた叔父さんは意外にも「いやぁお前よくやってるなぁ。えぇ〜すごいじゃない。」とにっこり笑ってくれました。

ずっと遊びの延長と思われ、誰にも相手にされなかったその仕事を人が認めて褒めてくれた初めての言葉でした。

所がイカレている僕は喜ぶどころか混乱し、本当は全く褒められるような状態じゃないことをきちんと説明しなければと焦って「でも全然売れないからお金にもならなくて、いつまで経ってもシステムが作れなくて、こんなのじゃ商売なんて言えないし」と溜まっていたものを噴き出すようにネガティブワードを連発しました。

褒め言葉を受け入れ切れず、悪いことを言われる前にこちらから言って許してもらおうという防御タイプの言い訳ですよね。
 
そうなるのもムリない心理状況でした。

しばらく話を聞いてから、叔父さんは「いやいや、待て待て」とそれを制しました。

「そうじゃないんだよ それは違うんだ」と、真剣な顔で僕の目をまっすぐに見ました。

そしてここで、僕の一生を貫く指針になる言葉を頂きました。


「いいか、今の経営が良くない、それはもちろんこれから考えなきゃいけないことだ」

「しかしまずその前にだ、お前がこうしてたった一人で商売を思い立ち、自分で車を改造してメニューを考えて小さいながらも店を出し、今毎日それを仕込んで東京中を走り回っているということ、これは本当に大変なことなんだよ」

「それをここまで実行しているのは凄いことなんだ」
「商売が大きい小さいの問題ではない」
 
「お前は先ずそれをちゃんと理解しなきゃいけない」

「先ず自分がこれまでやってきたことを認めて、そこに誇りをもって自信にしなきゃいけない」

「そうしないとその次には進めないんだよ」 

「そして、これを何度も繰り返していくんだ」


「売れる売れないはその後について来る話なんだ」

と言ってくれました(ヤバい、書いてて泣きそう)。



すごくないですか?この柔軟性。
戦前生まれの人ですよ。

僕はこの言葉で胸がいっぱいになり、そして我に返りました。


で、切り替えましたよ、スイッチを。
この日を境に。

まずは自分がこれまでやってきた業績を上げていない仕事を「成果」と捉えるように考え直し、自分の力を信じ直しました(簡単なことではありませんでした)


そして営業に関しても色々な点を見直して大規模に路線を変更し、移動販売向きでなかったサンドをやめて新たなメニュー(何と丼もの)と気持ちで勝負に出ました。

これは前のものよりずっとランチタイムのお勤めの人たちにウケて、次第に店に列が出来るようになり、これを更に2年程続けました。

この出来事が後にアール座読書館を開業する資金とモチベーションを蓄えてくれたんです。

ね、恩人でしょ。



でも、今になって思いますが、こういう心理状態の人って僕だけではない気がします。


今でも世の中の沢山の人がこんな心境でいるんじゃないかということは容易に想像出来ますし、自分がそうだっただけにそれを切実に感じます。

だってこの社会がそういう風に出来てるんですもん。

実際、教育現場でも職場でもマスコミでもネット上も毎日何度も何度も批判に触れながら我々は暮らしています。
皆が執拗に誰かを責めては、責められる世の中ですよね。


別に、今ドキの世の中はという次元の話をするつもりはなくて、社会って大概そんなものだと思います。

そういう環境の中で叱責されながら育つ我々はどうしたって、自分で自分を責めないと周りが許してくれないように思いながら育っちゃいますよね。

自分に厳しい態度、というポーズを取ることでそこを渡ろうとしますが、これが自らの精神をも縛り付けてしまうんですよね


僕は最近、こうした悪循環の原因の要が周囲や社会にあるのではではないような気がしています。

個人的な考えですが、自分のインナーチャイルドを傷つけることが出来るのは自分だけなんじゃないかと感じているんです。

このブログでも時々使う言葉ですが、僕が日頃から意識している「インナーチャイルド」という概念があります。

人の心は子供から大人になるにつれて変容していくのではなく、玉ねぎの皮のように層をなして古い精神を次々に覆い隠してゆくように成長するから、自分の幼少期の精神は今でも自分の心の中核にいて、今の自分の精神の要として生きている、という考えです独自の解釈が入ってるかも)。


確かに社会はこのインナーチャイルドの振る舞いをよってたかって押さえ込んできますよね。

でも僕は、これだけなら何でもないことなんだと思います。

現実の社会よりも、それが反映された自分の中の社会性という意識が周囲の意向に同調してしまう所から良くない方向が始まると思うんです。


例えば「自分には芸術的センスがない」と言う人がいたとしますよね。

自分が描いた絵を皆に笑われた経験があるのかも知れません。
だとしたら無理もないことです。

でもです。想像してみて下さい。

あなたが絵を描いたときの心の中では、例えば3才の頃の幼い〇〇(your first name)ちゃんも昔のままでそこにいて、きっと同じようにノビノビと絵を描いています。

それを周囲の人が下手だと笑った時に、我々は恥ずかしさのあまり皆への言い訳として「私、絵下手なんだよね」と自分の口から言ってしまいますよね。

周りの人にはふーんと聞き流されるだけのことですが、その一言のダメージをモロに食らうのはきっと心の中のその子だと思います。


楽しく描いた絵を「ヘタ」と言う自分の言葉を耳にしたら、その子は「え?」と顔を上げてクレヨンをポロリと落としてしまうかも知れません。

「私が描くと恥かかせちゃうから、もう描かないでおこう」と描くのを止めて両手を後ろに組んでしまうかも知れません。

これは大人として、自分自身に対して決してやってはいけないことだと思いますが、しかし中々やらずにいられることでもありませんよね。


でもです。
大事なことは、他人に言われたことなんてこのちびちゃんには聞こえないという事実なんです。
自分さえそこに同調しなければ、きっとインナーチャイルドは傷つかないんです。
 
それは自分の口から発せられる時にはじめてその子に伝わるように感じます。

根拠なんて何もありませんが、強くそう感じます。

だから周りの人に「下手だ」と笑われても、気にせず言わせておくことが出来れば何も起きない

イケナイのは「そうなんだよねー」とか言って自分も一緒にその否定的な周りの側についてしまうこと。


これをすると心の中のちびちゃんは唯一の味方を失い、一人取り残されてしまいます

別に私は上手いと言い張らなくても、その場は適当に流してでも、ただ心の中で自分の意識がちびの味方についていてあげることさえ出来ればいいんだと思います。

自分だけが絶対にそこに同意しなければ、自分一人だけしっかりとちびちゃんのに立って「そんなことないのにね。なんで皆分かんないんだろうね」と盾になって守ってあげることさえ出来れば、
例え世界中の人々に馬鹿にされ続けても、ちびちゃんの心はきっとカスリ傷一つ負わないんです。

そしてそんな子達が心の向くままに軽く本気を出すと、どんな奇跡が起こるのかということを僕は最近分かり始めている気がします。

今自分の家を歩き回っている2歳になるちびを見て、またよそのちびちゃん達にも目が行くようになって確信を持ったことが一つあります。

天才的な感受性を持たずに生まれてくる子供なんてこの世に一人もいません。

昔、大阪万博で「太陽の塔」をテーマにした子供たちの絵画作品コンクールが催された折に、その大賞作品を選考する審査員長を任命された岡本太郎氏が床に広げられた沢山の子供たちの作品を見て興奮し「全部いい!全部素晴らしい!」「何が選考だ!何が大賞だ!くだらない!」と怒り出してしまったというエピソードが僕は大好きです。

世の中の評価というものはいつもこの基準なんですね。

根底に他者との「比較」という概念があるんです。

もれなく素晴らしい感性を持って生まれてくるすべての子供たちは、そのあとに様々な条件でそれを閉じ込めたり伸ばしたり、塞がれたり開いたりして、そんな風に大人になる過程で感受性に個人差が出てくるように思います。

心の中の子供たちはとてもデリケートで傷つきやすいけれども、想像を超える高い能力を持っていて、その子の能力をどれだけ信じられるかが、その人が発揮出来る能力の高さの決め手になる、というのが今の僕の持論です。

自己否定を止めるというのは、それがクセになっている人にとっては簡単なことではありませんが、自分に対するネガティブなことを口にすることの重大さだけは大人は意識するべきことなんだと思います。


昔腐っていた頃の僕は頑張っていた自分のインナーチャイルドを無視し続けていました。

周囲からの叱責を恐れてそれに従属するように、インナーチャイルドの頑張りやワクワク感圧迫して押し殺していました。

守ってあげるべき者に見放されていたその子の頭を初めて撫でてくれたのは、たまにしか会わない親戚の叔父さんでした。


先日、棺の中の叔父さんは穏やかに眠っているような顔をしていました。

僕は人の死というものに対して、さほどネガティブな思いを持ってはいないのですが、それでも、もうしばらくはこの人の厳しいしかめ面が見れないのかと思うとやはり寂しく感じます。


でも、もし次に雲の上で会う時に、この人が「お前よく頑張ったなぁ〜 すごいじゃない」と言ってくれたら、今度は僕は胸を張って「おれ頑張ったよ!すごいでしょ!」と言ってやりたいと思うと、なんだか元気も出てきます。

いつにも増して長くなっちゃいましたね。
しかもあまり店と関係ない…(汗)。

まぁいいや。いつものことだ。

最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

 
 
category:2014.15.16 | by:アール座読書館 | - | - | -

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2017.04.15 Saturday 23:19
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