年末のご挨拶と所信表明に代えまして…

2013.12.31 Tuesday 02:51
あっという間に年の暮れです。

…というか、皆様大変ご無沙汰しておりました。

 
前回まともにブログを更新したのはいつのことだったでしょう?
 
いつも気にはなってたんです。
更新しなきゃ…って。
 
そして、いつの間にか今年も暮れです。
もう言い訳もありません。
 
みなさま今年はどんな一年だったのでしょう?
 
僕にはなかなか辛くしんどい一年でしたが、目まぐるしい学びの一年でもありました。 
 
ちょっとナメてたのかもしれません。
「一店舗の店番をしつつもう一店舗を作る」という計画を…。
 
ゆっくり楽しみながらやっていければ、という感じでゆる〜く考えていたのですが、まぁそんなに甘いものじゃないんですね。
 
当たり前だ。
アール座一軒でも大変だったんだから。
 
そんな中、営業に関する不手際もあったかと思います。
 
せわしなく2階と3階を行き来しつつでの営業で、2階のお客さんをお待たせしてしまうこともしばしばでした。
 
あまりの忙しさに、秋の虫の声のイベントも今年はとばしてしまいました。
 
色々なお声を頂いて、実は結構楽しみにしてくれていた人がいらしたんだということを実感してしまいました。
 
そして何よりもブログがこんなことになってしまいました。
 
諸々の不手際に関しまして、改めてお詫び申し上げます
 
しかし、それにもかかわらずこの店の姿勢とコンセプトを維持してくれたのがスタッフや店の動植物、そして何よりもお客様方でした。
 
この春からアール座の営業を一生懸命サポートしてくれているのは(ずいぶんとご紹介が遅れてしまいましたが)フランス文学を学ぶ学生さんで写真が趣味の佐伯さんです。
 
見かけによらずしっかり者で、ビックリすると目を丸くしてインコみたいな顔になります。
 
そしてお魚や植物達もこの空間造りを強力に助けてくれています。
彼らの存在がないと人が心から安らぐことが出来ないのは地球環境と同じです。
 
しかし、何よりもお客様方がこの店の空気と方向性とコンセプトを維持して下さっていたことを強く感じます。
 
ともすれば実用的な勉強専用スペースになってしまいがちなこの店の環境を、しっとりと思想的な空気にして下さっているのは、静けさの中で自分を取り戻す時間を大事にし、それをアール座での時間にあてて下さる皆様のお陰という他ありません。
 
座席ごとに置かれたらくがき帳を見てそう思います。
 
ツイッターが広まっていなかった5年前、何でも軽くつぶやいてもらう場所があればと始めたあのノートですが、今やそんなもくろみを完全に離れて、内容がもうエラいことになってますね。
 
僕が若い頃には有名な米文学短篇集「sudden fiction (カーヴァーやらアップダイクやら、米文学の名手達による傑作超短篇オムニバス:アール座書棚一番左、上から3段目)のような鮮やかで技巧的な作品が大好きで「カッコえぇ〜」と憧れていたものですが、今になってあの沢山の人生が詰まったリアルな告白集である「らくがき張」と比較してしまうと、こうしたテクニカルな文学が何だか色あせてしまう感もあります。
 
皆様がこの空間を本当の自分と向き合うことに利用して頂けることは、何よりもこの店の意義と方向性を導いて頂けるものと感じております。
 
そしてもちろんお勉強に利用される方も含めて、アール座読書館、そして新店3階のエセルの中庭が今年も沢山の方に利用して頂けましたことを、本当に有難く思います。
 
アール座を開業した時心に決めた目標があります。
 
保健所の営業許可の更新です。
 
それは5年毎にされる規則となっており、つまり「先ずは店が5年続くよう頑張る」という気持ちでした。
 
そして今年、お陰様で無事初めての更新を果たすことが出来ました。
 
2013年も当店をご利用いただき、本当にありがとうございました。
心より感謝を申し上げます。

 
更に今年はエセルの中庭という妹(姉妹店と言うでしょ)も誕生しました。
 
来年はアール座をよりコンセプチュアルに充実させると同時にこちらを本格的に作り込んでゆくことを目論んでおります。
 
こちらにも支えてくれているスタッフ達がおります。
 
いずれエセルのサイトでご紹介出来ればと思っておりますが、皆個性豊かで責任感の強い優秀なスタッフばかりです。
 
僕の知らない所でパン袋の上に寝転んだ画像をツイッターに上げて炎上したりは、多分してないと思います。
 
現在も、スタッフ全員で力を合わせて店を作り上げている最中です。
 
この店の青写真は今年一年僕の脳裏にへばりついたまま、夢にまで何度も現れました。
 
しかしなかなか計画は進まず、アール座の企画も止まったままで、正直言ってしまうと最近の僕は精神的に満身創痍で、勢いも自信もイマジネーションも失速しておりました。
 
それでも、そんな焦りと不安と迷いの中で、不思議と「こんなことやりたい」という火種だけが心のあちこちに残っていて、目の前のことすら出来ていない状況で「こんなことあんなこと」と僕をせき立てるのでした。
 
こんな状況でこんな思いの火種を一体どう処理してゆけばいいのか、自分の中に浮かんで来る荒唐無稽な幾つもの思いの一体どれが正しいのか、果たして今のやり方で良いのか、などという迷いをひたすら繰り返すうちに、次第に固まってきたある思いがあります。
 
私事に近い話ですが、来年に向けた所信表明のような感もありますので、久々のブログでこんなお話をしてみます。
 
昔から幾つもの、何度あきらめても自分の中に繰り返し浮かんでくる「これをやりたい」という気持ちがあります。
 
作るものや描きたいもの、人にやって見せたいもの、大きいこと、小さいこと等それは色々な形を持っていて、実現したもの、失敗したもの、挑戦しなかったもの、保留にしたもの、諦めたものと、結果も様々です。
 
僕は比較的こうした自分の思いに耳を傾けて来た方なので、そんな思いを意識することが出来ましたが、でもきっと誰の中にでもあるモノだと思います。
 
特に意識していない人や別にやりたいこともないと思う人にもきっと心の奥底にあるような気がします。
 
この年になって僕は、こうした思いに絶対に間違いはなく、一つ残らず向かい合わないといけないと考えるようになりました。
 
自分の中に度々湧き上がってくる「これをやりたい」という気持ちは、それがどんなにバカなことであっても小さなことであっても絶対に実現出来ると考えて無条件に全力で取りかからなければいけないというなかなか無茶な結論ですが、もしそれが仮に失敗につながることだとしても、この人生においてちゃんとその失敗をしなきゃいけないような気がします。
 
逆にそもそも自分にとってどうやっても実現不可能なものって本気で思い立つことも出来ないんじゃないかという気もします。
 
ただ、心の中ではそんなかっこいいコト思っても、実際に思いつきを実行に移すのには根気がなかったり勇気がなかったり迷ったりと悪戦苦闘です。
 
自分に厳しく批判的な態度を理想とする教育を受けてきた我々は、夢見がちな気持ちで取り掛かる前に「現実はそんなに甘いもんじゃない」と先ずそれが本当に可能かどうか、現実的かどうかを冷静に検討しなければいけない意識がありますよね。
 
僕も未だにそんな意識との葛藤の中にあります。
 
子供の頃からずっと間違いを正され続けてきたので、正しいやり方に向かわないと何だか誰かに怒られる気がして、「考えが甘い」「そんなウマく行くワケない」「やめたほうが良い」という批判的な声が、外からも自分の中からも上がって心の中の声にケチをつけ、消しにかかってくるのが常ですね。
 
無意識にも、自分でまともな方向に軌道修正しちゃってたりします。
 
でも同時に、無理なことや間違っていることをやらずに、何の問題も起きることなく無事に人生が終わってしまうのもなんだなぁ、とかも思います。
 
 
大人になって感じるのは、人はその人生でやるべきことを、最初から持って生まれてくるのではないかということです。
 
だから自分の心の奥の無意識が一番それを知っていて、やるべきことを繰り返し意識に伝えてくるように感じます。
 
そうなると出来る出来ないとか正しいか間違いかなんて大して重要ではないし、それで人生がどんな風に展開するかなんて誰にも分からないですね。
 
 
客席を縫うようにライオンが歩き回るカフェをどうしてもやりたいと心の底から思ったとして、それを本気で熱く語ったときに、世間から返ってくる反応というものはまぁ予想がつきます。
 
でも僕は、幼稚な思いつきや一人よがりの理想、無理に思える計画をあっさり批判する人の「正しい推測」というものが概して浅はかで、人生に何が起こるかなんて絶対に分からないということを踏まえていないように感じます。
 
例えばそこに向かって挑むうちに動物園の中のライオン舎に併設されたカフェをやることになるかもしれないし、どこか恐ろしく規制のゆるい国があるかも知れないし、アフリカの国立公園の中でカフェをやるハメになるかもしれないし(どうも僕の想像力では真に意外な展開が思いつきませんが)もしかしたら思いもよらない方法で本当に店内にライオンを歩かせられる形があるのかもしれないし、実際にどんなミラクルが起こるのかはやってみないとわかりません。
 
場合によってはそれを探求するうちにその道は諦めて、ひょんなことからライオングッズの販売業者になって成功するかも知れません。
 
最初言ってた話と違うという人はきっと出てきますが、そんなのは本当にどうでもいいことで、それが正しい道のりだったというだけのことです。
 
逆に、基本やノウハウやセオリーばかりにとらわれて自分の中から出てきたもので勝負してない人にはこういう運命的なことが起こりにくい気がします。
 
想像力にしてもそうです。
 
仮にどうしてもライオンを歩かせることが難しいという結論になって、ライオンの寝転ぶ草原の映像をプロジェクターで映しつつライオンの剥製を置いておく店になったとしましょう。
 
最初に無理だといった人は「言った通りだ。そんな店なら出来るだろうが別に面白くもない店だ」と言うでしょう。
 
何のイメージも持っていないこの人たちが想像するのは真っ白い普通のカフェに映像が流されて剥製が置いてあるだけの一番つまらない店内のイメージを思い浮かべて、そういうことを言っています。
 
でも本気でライオンを歩かせたいと思い続けてきた人が作るそれは、きっとまるで別のものになっているはずです。
 
店内に独特の雰囲気の鬱蒼としたジャングルを作り込むか、凄まじい唸り声をサラウンドスピーカーで流すか、剥製の目が光って自動歩行し出すか、大型犬に着ぐるみつけて歩かせるか(うぅ…やっぱりしょぼい発想しか出て来ない…)とにかくもっともっと我々の想像を超えるような環境をそういう人は作り上げたりします。
 
批判する人やバカにする人は、もちろんいるんです。
いたっていいんです。

大事なのは自分がその意見に乗らないことだと思います。
 
未だ迷いの真っただ中にいる僕でも、「やりたいと思うことをやる」ということは「その方向が正しいか否か」「可能か不可能か」「成功するか失敗するか」という話とは次元の違う重要性を持っているということを強く感じています。
 
だからこそ、本当に自分の中から出てきたものはその人にとって絶対に間違っていることはないと言い切りたいです(もう少し色々結果を出せていればなぁ…)。
 
僕はこれでも、昔は結構冷めた心の若者だったんです。
 
こんなに熱いことを語る大人になって自分でもびっくりです。
 
アレは良いコレはダメと批評してアイデンティティーを守ってた(あれはクセになるから良くないですね)若い頃の自分の胸ぐらつかんでこれを教えてやりたい気持ちですが、逆に40年後の自分はこんな今の自分をどう思うんでしょう。
 
「四十代のワシが一番若かったのう…」と、長いアゴ髭をさすりながらつぶやくのでしょうか。
 

やはり個人的な思いの強い内容になってしまいましたが、久しぶりにがっつりとブログを書いて何だかスッキリした気分にもなりました。
 
毎月更新していた時はしんどい部分もありましたが、ああいった店で日常的に皆さんとお話が出来ない自分にとって、このブログは何か僕の本音の吐き出し口のような役割を持っていたのかもしれませんね。
 
読んで下さる方のために…と、愚かにも思っておりましたが、読んで下さる方がいることで自分が癒されてたのでしょう。
 
今初めて知りました。
 
皆様の気分を害する内容になっていないことを祈るばかりです。
 
さて、来年は何回くらい更新出来るのでしょうか(弱気)。

今年よりはと思っていますが、うん…どうなんでしょう(すごく弱気)。

来年もどうぞよろしくお願い致します。



 
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